カリフォルニア・レーズン協会 一般消費者向けページ

カリフォルニア・レーズンの歴史

レーズンの発見

レーズンの発見

レーズンの発見は、なんと紀元前!
木になったまま自然に乾燥していたぶどうを誰かが見つけた時、レーズンの歴史が始まったと言われています。

すでに紀元前13世紀頃から、現在のスペインやギリシャ、イランの辺りでぶどうが栽培され、レーズンが作られていました。これらのエリアは気候に恵まれていただけでなく、最初の大量消費地であった古代ギリシャやローマに近かったことも、大きな発展の理由でした。

当時、レーズンは、薬用としても重宝されていたとか!

中世に広まったレーズン

時は流れ11世紀。長期の品質保持が難しく、ギリシャやローマ以外では食べられていなかったレーズンは、十字軍で遠征した騎士たちが故郷へ持ち帰ったことで、大きな需要が生まれました。

その頃には輸送技術が向上していたため、レーズンは北ヨーロッパにも出荷されていました。

十字軍が北ヨーロッパへ広めた

14世紀中ごろ、レーズンとカランツはイギリスでもよく食されるようになり、16世紀にはイギリスでもカランツの栽培が試みられましたが、レーズンを乾燥させるには気候が寒過ぎ、失敗に終わりました。

北ヨーロッパでは気候が合わずブドウ栽培に失敗

14世紀中ごろ、レーズンとカランツはイギリスでもよく食されるようになり、16世紀にはイギリスでもカランツの栽培が試みられましたが、レーズンを乾燥させるには気候が寒過ぎ、失敗に終わりました。

北ヨーロッパでは気候が合わずブドウ栽培に失敗

レーズン生産に最適な土地を求めて

スペインによるメキシコ植民地時代、ぶどう栽培の技術もスペインから持ち込まれ、当時のメキシコ北部地域であった現在のカリフォルニア周辺で、スペインの宣教師たちによるぶどう栽培が行われていました。

メキシコへの植民地返還後、ぶどう栽培の火は消えかかりましたが、栽培業者は宣教師たちが残した知識を利用し、サンディエゴ近郊でワイン用ぶどうの栽培を始めました。

ワインとレーズン
最適な土地を求めて北上

ほどなくレーズン用のぶどうも作られるようになりましたが、サンディエゴがレーズン作りに最適な土地ではないことが分かると、栽培業者たちは北へ向かいました。

そして、世界で最も肥沃な渓谷の一つ、サンホアキン・バレーのフレズノ近郊に、太陽の恵みとシエラネバダ山脈からの水量が豊かな土地を発見したのです。
その後、この渓谷がレーズン生産の中心地となるのに時間はかかりませんでした。

種なしぶどうの登場

種なしぶどうが開発される

1800年代後半、レーズン用ぶどうの栽培にはマスカットが多く使われていました。しかし、実際にレーズンを使う時には皮を破って種を取り出さなくてはならず、その作業を嫌がらない人だけがレーズンの買い手でした。

1876年、種なしぶどうの開発という課題に答えをもたらしたのは、スコットランドからの移民だったウィリアム・トンプソンでした。彼が「レディ・ディカバリー」という名の種なしぶどうを農産物品評会に出品した時が、「革命」の時だったのです。

やがて「トンプソン・シードレス」(シードレス=種なし)として有名になるこのぶどうこそ、種がなく、皮が薄く、甘くてとても美味しく、大規模生産が可能という、理想的なレーズン用ぶどうだったのでした。

現在、カリフォルニア・レーズンの多くは、ビニフェラ種のナチュラル・シードレスぶどうから作られています。

こうして今のレーズンが誕生したのです

もっとカリフォルニア・レーズンの歴史を詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

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カリフォルニア・レーズンができるまで

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